効率よく生きるほど、人生はつまらなくなる
無駄なことはしない方がいい
遠回りは避けるべき
タイパ、コスパ、最短ルート
いつの間にか、
「効率よく生きること」が正解のようになっていませんか?
これだけ情報が溢れる時代において、正解と思える情報が溢れてしまった結果
全てに意味を追い求めるようになっていませんか?
でも、少し立ち止まって考えてみてほしい。
効率よく生きて、人生は楽しくなっていますか?
効率を求めた先に、何が残るのか
無駄を省いて
失敗の確率を下げて
最短距離で目的を達成して
確かに合理的だし、
時間もお金も無駄にしない(のかもしれない)
でも、その先にあるのは何?
タイパ
目指したら何ができる?タイパを目指して、浮いた時間で何がしたい?何ができる?
コスパ
そのコスパを望むせいで、消費者がそれを意識しすぎるせいで、
労働者側となった時の難易度が上がっているのでは?
記憶に残る体験?
心が動く瞬間?
「生きてるな」と感じる感覚?
正直、効率よく、正解の生き方をしたとして、何も残らない
毎日無難生きて、あっという間に1年が過ぎて5年が過ぎて10年がすぎる
その間に、
記憶に残るような
誰かと語り合えるような
誰かに共有できるような
そんな経験や、感情の動きや、体験ができているか?
もしないのなら、それは将来振り返った時に後悔しないか?
過去にある楽しかった記憶は?
過去を振り返った時に
強く記憶に残っている出来事はなんだろうか?
何かに苦労し、とにかく時間がかかったこと
無駄に悩んみ、たいしたことではなかったこと
回り道をして、成功したこと、失敗したこと
友人との楽しい旅行
少なくとも
何の苦労もせず、スムーズにことが進んだ経験ではないはず
楽しかったのは、記憶に残るのは、
間違いなくあの無駄な時間の方
効率だけを求めていたら
あの感覚は
記憶に残るような感覚は
将来思い出して懐かしく思えるような感覚は
得られないと思う
無駄の中にしか、感情の変化は生まれない
何かに夢中になった経験を思い出してほしい
時間を忘れて没頭したこと
結果が出るかわからないのに、
やめられなかったこと
それって、
効率がいいからやっていたわけじゃないはず
不確実だからこそ、感情の変化が生まれる
感情の変化が生まれるからこそ、記憶に残る
将来の思い出になる
怖いのはここで
一度効率を求めてしまうと、それが標準になって、
「やるかやらないか判断する入り口の部分」でやらないと言う選択肢になってしまう
一度この呪縛にハマると、なかなか抜け出すことができない
効率よく生きると、「正解」しか選べなくなる
効率を重視すると、
どうしても「正解っぽい選択」しかできなくなる
成功例があるか
再現性があるか
失敗しにくいか
でも、
本当に面白いことって、
最初は正解かどうかわからない
もっといえば、続けた先にしか、楽しさはない
入り口で
「効率的ではない」
「無駄になりそう」
「やっても無駄」
と頭だけで判断してしまっては、一生楽しいことには巡り会えない
誰もやったことがない
うまくいく保証もない
時間がかかる
だからこそ、
そこに価値が生まれる
だからこと
そこに経験が生まれる
効率を捨てる勇気
もちろん、
効率を全否定したいわけじゃない
仕事では効率は必要だし、
無駄を省くこと自体は悪くない
でも、
人生のすべてを効率で測る必要はない
少し遠回りしてみる
意味があるかわからないことをやってみる
結果が出るかわからなくても、手を動かしてみる
そういう時間が、
後から振り返ったときに、
人生を豊かにしてくれる
最後に
人生は、最短ルートじゃ面白くならない
効率よく生きた先にあるのは、
無難で、波風の立たない毎日
波風のたたない毎日=感情が動かない毎日
感情が動かない=思い出に残らない
ただ漠然と毎日がすぎ、将来振り返れる経験が獲得できない
でも、それが本当に欲しい人生かどうか
一度考えてみてもいい
遠回りした時間
無駄に思えた経験
非効率だった挑戦
そういうものの積み重ねが、
行きた証であり、人生の全て

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