将来について考える 〜一生暮らせるお金があってもやりたいことは何か〜

小言

突然ですが、タイトルについて考えたことがありますか?

もし、一生暮らせるだけのお金を持っていたとして
それでもやりたいことは何か

旅行ですか?
好きな時間まで寝て、なんの我慢もせず好きなものを食べることですか?
時間を気にせずゲームですか?時間を気にせずNetflixですか?

私は知っています
そう言った類の快楽にはすぐに飽きがきて、つまらなくなってしまうことを

そういうことをしたいと思うのは、今そういうことができないから
生きていくために、嫌な仕事をしなければいけないから

でも、なんでもしていい、仕事にも行かなくていい
それが日常になった途端、それはやりたいことではなくなる

1年間プー太郎をし、1年間ワーキングホリデーに行っていた私にはわかります
暇こそ最大の苦痛だと(おそらく多くの人にとって)

なぜFIREをした人は、漏れなく労働に戻るのか

多くのFIREを達成した人たちが、その後労働に戻ったということは聞いたことがありますか?

これはまさに、私がプー太郎の時に感じていた感覚と
同じ感覚なのではないか思っています

もちろん、「FIREした人のほとんどが労働に戻る」というのは
一般的に考えれる労働へ戻ることではない
一般的な労働とは「嫌なことをお金のためにやっているという感覚」
FIRE後の人たちがやっているのは「自分の好きなことを自分の好きなように」

ではなぜこのような「労働」をするのか?
それは人生において
「人と繋がり」が全てだから
暇を持て余すことほど辛いことはないから
承認欲求や貢献感が欲しいから

だからこそ、FIRE後でも社会とのつながりを求める

そもそも、人は誰かと関わりを持つことで生を感じられる動物

仮に
お金が無限にあって
食べたいものが自由に際限なく食べれて
いつでも好きなように好きなところに旅行でき
やりたいことがなんでもできると仮定する

だが、一生人と関わることはない生活
(映画「アイアムレジェンド」の世界観が近い)

どうだろう
そんな世界観でも生きたいと思うだろうか?(もちろん極論ですが)
それでも生きたいと思えるだろうか?
何を目的に生きようと思えるか?

多分、多くの人は思えなくて
周りに人がいる環境
自分を頼ってくれる人
何かに向かって行動している感覚
そう言ったものがないと、結局人は生きる意味や存在している意味を見出せないのだと思う

太古の昔から、人は集団生活で生存してきたから
コミュニケーションを通じて生きてきたから

自分の好きなことに挑戦し続ける、自分の提供できる価値を探す

人間には承認欲求があり、誰もが認めてもらいたいと思っている
誰かから褒められたり
何かができた感覚だったり
誰かからの感謝だったり

そう言ったことが生きる上で重要になってくる
全く何もしたくないという人は、本来はいないはず

自分が必要とされる場があればそれが生きがいになる
そしてもし、それでお金がもらえれば生活できれば
それは一般的に考えられている労働とは違ったものになる

人生100年時代
冒頭のFIRE後も労働に戻ってくる人間という生き物を考えた時
少しずつ「自分は何がしたいのか」について考えた方がいいのではないかと切に思う

「一生困らないお金があったとして、それがあってもやっていたいことは何か」

私のやりたいことは「スクールを開くこと」

それを自分に問うてみた時、その答えは間違いなく「スクールを開くこと」

正直
お金を稼ぐことにあまり興味がない
物欲もそこまでない
生きていく上で大切なことやものはそこまで多くない

そう思っている私にとって
「それでも社会とのつながりのために、承認欲求を満たすために、やっていたいことは何か」
と考えてみると、「人と一緒に何かを頑張ること」だった

何かの「ライザップ」
筋トレの正解は腐るほどあるし、続ければ誰だって成果が出る
でも続けられる人は、それができる人はほんのわずか

なぜか
一人だと継続できないから
ライザップの価値は、コミットしてくれる・助けてくれる「人」がいること

だからこそ、私も何か版のライザップを作りたい
そんな難しい内容でなくてもいい
お金について考える授業でもいい
本を読めば書いてあるようなことも、実際にできる人は多くない
それは一人では継続できないから

それを強制的な環境を作って・集めて実行させる
そういうスクールを開くことが私のやりたいこと

参加した人は絶対成功する
だってやること自体は何も難しいことはないのだから
成功したらその人の人生が少しでも変わる
そんな少しの変化でも、感じることができれば、これ以上の幸せはないと思う
だからこそ、「一生暮らせるお金があってもやりたいこと」

最後に

今、FIREを望んでいる人も
どれだけ金銭的に余裕ができたとしても
結局最後は、社会とのつながりを求めて「労働」に戻ってくる

それは、老後も一緒
老後に自由を描いている人も、結局その状態が続けば飽きがくる
恐ろしいのは、老後に飽きがきても、その時にできることはほとんどないということ
年齢的にも、「労働」で社会とのつながりを持つことが難しくなるということ

だからこそ、今から「自分の好きなこと」でお金を発生させれる状態を目指すこと
どうせ社会とのつながりに戻ってくるなら、
無理にお金を稼ごうとか、体を犠牲にしてまで働こうとか
とにかく嫌な仕事だけど、お金が貯まるまでは我慢とか
無意味で

それなら
自分が何をやりたいか
100点じゃなくても何をしている時が楽しい・幸せ・良い感情を持てるのか
そんな、自分に合った仕事ややりたいことを、一生かけて探していく努力が必要だと切に思う

幸せに生きていくことに、多くのお金は必要ない
「労働」が少しでもやりがい、喜びを得られることなら、一生続けれる
一生続けるなら、大金を稼ぐ必要もない

「一生暮らせるお金があっても、やりたいことは何ですか?」

5年後、10年後
「あの時行動しておいてよかった!」と思えるような人生にしていきましょう

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