エピソード 〜人生に意味はない、について〜

小言

突然ですが、アイキャッチの画像を見てどう思いますか?
ある資料館にあった写真なんですが

私はこんなことを思いました
前の記事につながる内容だったので、エピソードと思って見てもらえたら幸いです

この時代の生きる意味

この時代に生きた人は、「生きること」にどんな意味を持っていたか

私の答えは
持っていない
もっと言えば、考えたことがない

あなたは
この時代に生きた人は、毎日何を思って生きたいたと思いますか?

いかに生存するか

アイキャッチ画像のイラストは、今から約450年前の岐阜県恵那市の町並みを考証したもの

当時ここで生きた人の生活を思い浮かべれますか?

電気もない、ガスもない
当然明かりものないので、活動時間は光のある日中だけ
それ以外の時間は、蝋に火をつけた薄暗さで生活

そもそも大前提として、食べるものが潤沢にない
毎日お腹いっぱい食べられる保証がない

便利な道具もない
稲作や家畜がメインの生活の中で、全て人力で行われている

おそらく、生活の大半が
日の出とともに起きて稲作や家畜の世話に出向き
持参したおにぎりや漬物でお昼を過ごし
日が暮れたら帰宅し、ご飯、お風呂を終えたら床に就く

いかに生存するか
それだけが目的だったのではないか

娯楽もないし、そもそも娯楽に興じる余裕がない

テレビがない、ラジオがない
当然Netflixやアマプラのような動画配信サービスもない

それどころか、まともに本もない

そんな生活の中で、何か享受できる娯楽が思いつくだろうか

暇だから生きる意味などと考える

今の時代、ありがたいことにほとんどの欲求が満たされている

食べ物は、選ばなければいくらでも手に入り
領土の争いから、征服されたり殺されたりするような生命の危険もない

職業も、ある程度自分の意思で選ぶことができる
最近では、YouTuberのような個人の働き方も増えた

月数千円払えば、無限にコンテンツを消費できる

交通の便も発達し、行きたいところにも簡単に行くことができる

要するに、昔と比べて、いろんな欲求が満たされた
だから、その先を求め始める
過去と比べれば格段に暮らしやすく・生きやすくなっている事実を忘れて

そして、余裕ができるから「生きる意味」などと考え始める
(人と比べることができるからこそ、劣等感に陥る)

結局、太古からの歴史の通り、「生きる意味」など存在しない

生存する
ただそれだけ

強いて、今の時代に言えるなら
自分の実現したい未来があるのであれば、それに向かって頑張るだけ

圧倒的に便利な現代に感謝し
他人との比較などせず、過去の暮らしと比較で感謝する

あとは、自分が幸せと思うことを、一生懸命やって生きていくだけ

ただそれだけ

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