<歴史を知りたいと思うのはなぜか>
歴史シリーズを投稿する上で、改めてこの疑問について考えておく必要がある気がする
→おそらく生きづらさを感じていて、それを歴史を探ることで「こんなに生きづらい世の中なんだ」とか、「情報が溢れているから集中できないんだ」とか、言い訳と納得できるネガティブ情報を集めたいんだな。と思った。
やっていることは本質ではいなと実感
豊かにはなっているが、昔と比べて人間の幸せが実現されているか、が確信できなかった
人の根源的な、本質的な幸せとは何か
・食欲、性欲、睡眠欲
・生理的、安全、所属と愛、承認、自己実現
・セロトニン、ドーパミン、オキシトシン
ここに紐づく社会活動なら良いと思う
が、企業が儲けるための宣伝(営業)や、内部統制という名の作業の増加とかは、違うのではないかと思っている
もちろん不正は良くないし、許されることではないけど
その管理に圧倒的な時間がかかっていては。。。
・だからこそもっとモノが少なくていいのではと思ったり。
コピー商品が作られたり、そういう競争が激化しているのはどうなのか
(もちろん、競争の激化があるから消費者として恩恵を受けているわけだが。
必要がないけど、必要があるように煽られるのは…。
もちろん、私にとって必要がないというだけかもしれないが。
・食欲は満たされる時代
睡眠欲は、取れる環境はある、選択されづらくなっているだけ
・生理的、安全
ここは圧倒的に改善された。だからこそ次の翼に移っている
・所属と愛
これは落ちている
昔と比べて、人との関わりが希薄になっている
だからこそ、人とのつながりと自己成長、自己実現、自己肯定
この分野は普遍で、だからこそこの分野に関わりたいと思っている
<今の世の中への不満と、昭和への憧れと>
仕事中もどうでもいいことに時間を使っている気がする
会計基準?正しく整える?何のために誰のために?本当に人間の幸せか?
いろいろな目が厳しくなるにつれて、それに対応するために無駄な仕事ができたり
本来の仕事とは
例えば誰かの悩みを解決したり、お金を払うに値することを提供することであり、それはすなわち人が幸せになることであるはずで
だからこそ、そことは関係のないように思える作業や、
クソ仕事(通称:ブルシットジョブ)はやりたくない
でも、現実的にはそんな仕事が本当に多い気がして
時代が進めば進むほど、そんな仕事が多くなっている気がして
だから、それが始まった歴史を調べてみて、本当必要なことなのかを確認したいと思っているんだと思う
情報が多すぎて目の前のことに集中できない
大工のYouTubeを見ても、やってみたいと思ったところで、そこに気力が裂けない
本当にそれに注力すべきなのかが、決定できない
働きすぎ、仕事が複雑化しすぎ
→これは勘違いで、昔はもっと選択肢がなかった。一つのことをずっとやっていた。それが、他が見える時代になったから、選択肢が増えたから、可能性が見えるようになっったから。可能性があるだけ感謝すべきところ。それを、できないことに目を向けてしまっている。だからこんな考えになる
情報が多いから集中できないんだということを、自分の中で少しでも納得したくて、情報の歴史とかについて調べているんだろう
<資本主義に騙されないように>
自分にとって本質的ではないことが、どうしても受け入れられなくて
例えば、加工の技術
写真の加工の技術とか、化粧とか、服装の流行とか、そういったものが本質ではない気がして
でもそれを煽るような商品がたくさん出回っていて
例えば、化粧水?微雨溶液?そんなCM腐るほど見るけど、それって必要?と思ったり
食品売り場に行くと、考えられないくらい安い食べ物が売っていたりする
もちろん、それはありがたいことなんだけど、なぜそんなに安いのか
添加物の塊なのか?栄養が全くないのか?繰り返し消毒され、ほとんどの栄養が抜け落ちてしまったモノなのか?
もちろん理解していない消費者が悪いと言われればそれまでだが、例えば自分が食べないような商品は売って欲しくないし、リスクは教えて欲しいと思ったり
食材で、良い点ばかり強調して、勘違いが起こるような表記をするのはなぜか
(例えば、北海道牛乳使用と大きく書かれていて、小さい字で24%が北海道の生乳と記載されていたり)
こういった諸々のことから、不必要なものまで、購入意欲を煽られて買わされたり、栄養のないものと気づかずに・体に良くないものと気づかずに買わされていたり
そういうことが起こっているのではないかと、信じられなくなってしまったんだと思う
(もちろん企業が存続していくためには必要なことなんだろうけど、それは人が生きていくために必要なことではないと思って。)
だからこそ、ものの歴史や、作られる過程が知りたくて、そういったことを調べているんだとおもう。(本当に生きづらい生き方ですね。)
<最後に・まとめ>
ダラダラと書いてしまいましたが、結論
・豊かになってはいるが、幸せになっているかに自信が持てなかった
・情報が溢れるこの世の中で、生きづらさを感じ、本当の幸せを忘れてしまっているような気がした
・資本主義の中で、欲を煽って儲ける仕組みや、自分なら買わないようなものを開発して、そこを隠して販売されているようなものが多いのではないかと思ってしまった
・そして、どんどん無駄なことばかり増えて、時間を余した結果、仕事でない作業が増えている気がして
・さらに、情報が少ない時代は悩まなくてもいいような比較に、常に晒されて、選択の失敗を経験する確率の方が多くなっている気がして
もちろん根底にあるのは、昔と比較して格段に豊かに・便利になった世の中
だからこそ、安全や生理的な欲求というベースの欲求が満たされたから、感じる不満で
それはイコール、昔は考えなければならなかった心配が現代ではなく、だからこそ
次の不安や心配を探す時間ができた・余裕ができたということでもあって
こんなことを考えている時点で、本当に生きづらい性格です


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